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23代

2009年07月03日

木屋稲荷について

当家敷地内には稲荷があります。天保9年(1838年)2月に当家
18代渡邊金璙が当家稲荷として石御祠を造ったものです。その
後弘化2年(1845年)に京都伏見稲荷本官羽倉伯耆守より正一
位稲荷大明神の位を授けられ、弘化3年2月8日初午の日に祠
に入位されました。当家に稲荷を授けた羽倉伯耆守さまは伏見
稲荷で代々正官を務めていた羽倉一族の出身であり、この一
族は学問でも高名でです。中でも羽倉信盛(荷田東丸大人)は
学問の神として伏見稲荷に隣接する地(東丸神社)にまつられ
ています。
伏見神社に行く際はぜひ立ち寄ってみたらいかがでしょうか。
さて、前述したように当家稲荷は伏見神社の流れですから当
然に「商売繁盛」を目的に造られた物ですが、なぜか当初から
当家や近隣の人達から「おたふく風邪」の稲荷として親しまれ
ています。
なぜかは今になってはわかりませんが、18代金璙が文政11
年[1828年)に原宿植松應令の娘を妻に迎え、京都へ新婚
旅行兼病気治療で行っております。その際交流のあった歌
人で国学者でもある賀茂季鷹から伏見の稲荷山で作られた
「おふく人形」を送られています。その人形のほっぺたの様子
と、当時おたふく風邪が流行していて当家稲荷にお参りする
と治ったことから「おたふく風邪」の稲荷と言われるようになっ
たのではないかと思われます。
 木屋稲荷について


Posted by 23代 at 11:01│Comments(4)
この記事へのコメント
今回は写真が入りましたね(^^)
Posted by わかばくらぶ事務局わかばくらぶ事務局 at 2009年07月04日 09:39
本日午後におじゃました、美人妻(笑)とビール腹おやじの二人連れです。

細かい説明にご家族は言うに及ばず、蒲原の町への愛情も感じました。ふるさとらしきものを持たない自分にとって学ぶ物は情熱の置き場所であり、表現方法だと思っています。それを見つけ出すまでいろいろな人にお会いして自分なりの形をみつけることを目指して日夜暮らしています。

きっとまたおじゃまする機会があると思います。またその時には詳しいお話を聞かせてくださいね!
Posted by くじら山こうじ at 2009年07月05日 21:08
>くじら山こうじさま

さっそく感想を有難うございます。        私たちも皆様との出会いを何よりの楽しみにしております。                  11月の宿場まつりには展示も変わりますので(多分)またお出かけ下さい。

          23代の美人妻?
Posted by 23代23代 at 2009年07月06日 20:01
>わかばくらぶ事務局さま

写真は前回から入れました。前回は記事を書いた後なので追加で。今回は記事の最後に入れてみました。追加だと写真まで見られない可能性がありますね。いろいろ試したいこともありますが時間の関係であせらずひとつひとつマスターしたいと思っています。

突然、事務所にいくかもしれませんのでよろしく。
Posted by 23代23代 at 2009年07月06日 20:12
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木屋稲荷について
    コメント(4)